nstlabo

ロケット・エンジン

ロケット・エンジン

 クルマのエンジンのタイプには、大きくわけて2つあります。ガソリンを燃料とするエンジンと、軽油を燃料とするディーゼル・エンジンです。最近は電気自動車や燃料電池車も出てきていますが、ま、それはおいといて・・・。

 ロケットのエンジンにも、使用する燃料の種類や、その燃料の供給方式などにより、いくつものタイプがああります。
 ここで紹介するのは、そのうちの1つで、世界の”宇宙開発先進国”で、もっとも多用されてきたエンジンです。例として、ロシアのプロトン・ロケットに搭載される「RD-253」と、フランスを中心にESA(ヨーロッパ宇宙機関)で開発したアリアン・ロケットの「ヴァイキング」をあげています。

「プロトン・ロケット」

 まず、プロトン・ロケットの第1段についてです(図1)。

図1

 プロトン・ロケットの第1段は、6基のロケットから構成されています。つまり6基のロケットが、すべて第1段です。中央にあるのは、ロケットではなくタンクです。日本人の感覚では、第1段も第2段も、ふつうはそれぞれが1つのロケットですから、ちょっと妙な感じがするかもしれません。
 おなじロケットを束ねて1段にすることをクラスター化といい、旧ソ連時代以来、ロシアでは一般的な方式です。プロトンだけではなくソユーズ・ロケットも、クラスター化を採用しています。

 プロトンは液体燃料ロケットで、第1段エンジンの燃料(推進剤と酸化剤)は、以下のような構成です。

 推進剤:非対称ジメチルヒドラジン(UDMH)
 酸化剤:四酸化二窒素(N2O4)

 プロトン・ロケットでは、第1段エンジンも第2段も、そして第3段も、おなじ燃料を使用しています。第4段はオプションとして2つのタイプがありますが、選択肢の1つはやはり非対称ジメチルヒドラジン(UDMH)と四酸化二窒素(N2O4)を使用しています(図2)。

図2

「強い毒性」

 しかし、じつは非対称ジメチルヒドラジン(UDMH)と四酸化二窒素(N2H4)は、たいへんに毒性の強い液体です。また燃焼によって生じるガスも、強い毒性があります。したがってタンクに燃料を充填するときには、防毒マスクや防護服着用のうえ、慎重にしなければなりません。ロケットの打ち上げ後も、しばらくは発射場に近づくことは危険です。

「比推力」 

 またUDMHとN2O4の組み合わせは、ロケットの燃料としては、かならずしも効率がよいとはいえません。比推力(単位流量あたりの推力)という、ひらたくいえばクルマの燃費にあたる数値が低いのです。

 では、なぜ、燃費がわるいうえにそんな毒性の強い燃料を、わざわざ使用しているのでしょうか。それは、エンジンの構造にあります。
 図3は、アリアン1からアリアン4まで使用されていた、「Viking(ヴァイキング)エンジン」です。

図3

 ヴァイキング・エンジンは、ひじょうにシンプルです。日本の「LE7A」エンジンとと比較すると、ちがいがはっきりとわかります。図4は、日本のH2Aロケットの第1段に搭載されるLE-7Aエンジン。図5は、「Viking Vc」です。

図4 LE-7A (JAXAアーカイブスから)
図5 Viking Vc(Wikipediaから)

 工業製品とは、構造がシンプルで部品点数が少ない方が何かにつけて有利ですから、さっぱりしていること自体は問題ではありません。複雑で部品点数の多い機械は、製造においても工数が多くなるうえ、故障も発生しやくなりますから、「シンプル イズ ベター」です。

「シンプルな構造」

 では、実際の構造、すなわち燃焼室の中身などは、どうなっているのでしょうか。ロケット・エンジンの構造は、一般に公開されることは、まずないといってよいでしょう。概略を描いたポンチ絵や概念図が公開されることはあっても、中身まで見せることなど、ほとんどありません。それは、衛星打ち上げ用のロケットと軍事用のミサイルは、技術的にはほとんどおなじであることはもちろんですが、20数年の歳月をかけた試験と実験によりノウハウを蓄積してきた結果ですから、細部の公開などありえないといってよいでしょう。
 以下に示す構造図は、さまざまな論文や報告書をもとに、私が推測したものです。細部の数字も記されている論文を参考にしているので、かなり正確だとは思いますが、100パーセントの保証はできないことをご理解ください。

図6 燃焼室 1

 アリアンのヴァイキング・エンジンにかぎらず、推進剤にUDMHなどのヒドラジン系を、酸化剤に四酸化二窒素(N2O4)を使用している液体ロケットの燃焼室は、このようになっています。プロトン・ロケットの第1段エンジン「RD-253」はもちろん、第2段と第3段の「RD-0210」、第4段の「S5.98M」も、ほとんど似たようなものでしょう(旧ソ連・ロシアのロケットエンジンの構造などは、いうまでもないことですが論文や報告書などには出てこないので、これも私の推測です)。

 図6は、燃焼室だけです。この下に、ノズル・スロートと、スカートがあります。

「ガス・ジェネレーター・サイクル」

 燃焼室の構造については、図3も参照しながら見てください。
 このタイプの燃料供給方式を、「ガス・ジェネレーター・サイクル」といいます。

 まず、推進剤であるUDMHが、ポンプのところへ流れてきます。酸化剤の四酸化二窒素(N2O4)も、ポンプのところへ流れてきます。それぞれのポンプのところにきた推進剤と酸化剤を、細い配管をとおして、ほんの少しだけ、ガス・ジェネレーターの燃焼室に送ります(図には描かれていません)。これを、予備燃焼室、あるいは「プリ・バーナー」といいます。

「自己着火性」

 推進剤のUDMHと酸化剤の四酸化二窒素(N2O4)は、「プリ・バーナー」内で触れた瞬間に燃焼します。点火プラグなどなくても触れ合っただけで燃焼・爆発する「自己着火性」があるからです。
 この燃焼により、高圧のガスが発生し、その圧力でタービンが回転します。そのタービンの力が、推進剤UDMHのポンプと、酸化剤の四酸化二窒素(N2O4)のポンプを駆動します(図3)。これにより、燃焼室に推進剤と酸化剤がどんどん送り込まれることになります。

「マニホールド・ブロック」

 燃焼室は、マニホールド・ブロック化された構造になっています。マニホールド・ブロックとは、油圧機器や空圧機器の分野でよく使われる技術で、金属の塊(ブロック)に何本もの孔をとおし、それを配管のかわりにするものです。新幹線のドア開閉装置から戦車の駆動・制御系にいたるまで、いろんなところに使われています。
 ヴァイキング・エンジンは、燃焼室の壁そのものが、マニホールド・ブロックになっています。ポンプから送り込まれた推進剤も酸化剤も、マニホールド・ブロック(つまり壁)の中をとおって、燃焼室に噴射されます(図6)。

図7 燃焼室 2

 燃焼室内に噴射された推進剤と酸化剤は、触れ合った瞬間に燃焼・爆発します。前述のとおり、推進剤のUDMHと酸化剤の四酸化二窒素(N2H4)に自己着火性があるので、点火プラグなど必要ありません。したがって、きわめてシンプルな構造にできるのです。

 もちろん、いかにシンプルとはいえ、効率のよい燃焼・爆発を生み出す技術とノウハウは必要です。さもなければ、ロケット(あるいはミサイル)のエンジンとして、最大限の推力を発揮できません。そのため、マニホールド・ブロック内の孔の径や、オリフィスという噴射ノズルの径と角度、形状などが重要になるようです(図8)。

図8 燃焼室 3

 燃焼室のマニホールド・ブロック部の噴射口、つまりオリフィス部の噴射口は、スプレー・ノズルのようになっています。推進剤や酸化剤を、それぞれどのくらいの粒径でスプレー状にして噴射するか、粒径がどの程度の推進剤が、どの程度の粒径の酸化剤と接触したときにもっとも燃焼効率がよくなるかなどが、ポイントになるのでしょう。
 また、ロケット・エンジンの燃焼室は、燃焼というよりは継続した爆発にさらされるわけです。したがって振動(音響)もそうとう激しくなります。あまりにひどければ、ほんの短時間のうちに疲労破壊を招く恐れもあります。振動(音響)を軽減するための燃焼室の形状も、重要なポイントになるのかと思われます。

 エンジンの構造がシンプルで、燃料は自己着火性となれば、宇宙開発関係者にとっては、理想的なロケットです。よほどのことがなければ「打ち上げ失敗」は考えにくいからです。実際、ヴァイキング・エンジンを第1段に使用してきたアリアン1からアリアン4は、シリーズをとおして135機の打ち上げをして、失敗はわずか7回です。アリアン4型にいたっては、107回の打ち上げで、失敗はわずか3回です。
 そればかりか、シリーズをとおして第1段のエンジンのトラブルによる失敗は、たった1回でした。

 推進剤・酸化剤とも強い毒性がありなかがら、各国が利用し使い続けている背景には、これがもともとミサイルのエンジンとして、使われ続けてきたからです。極低温での保管が必要な液体酸素や液体水素などとことなり、UDMHと酸化剤に四酸化二窒素(N2O4)は、常温保存が可能です。したがって、ロケットのタンクに充填したままでもあるていどの期間は放置できるので、打ち上げの予定変更などがあっても、わずらわしい作業は不要です。そのうえ自己着火性で構造がシンプルなのですから、毒性が強いというデメリットがあっても、無人の荒野のような射場さえ確保できれば、安上がりだったのです。

「アリアン V」

 しかしESA(ヨーロッパ宇宙機構)は、推進剤にUDMH、酸化剤に四酸化二窒素(N2O4)という、それまでの液体燃料エンジンを捨て、酸化剤に液体酸素、推進剤に液体水素を使用するいわゆる「液酸液水エンジン」へと移行しました。そして生まれたのが、「アリアン V(5型)」です。1996年6月4日に打ち上げられた「アリアン V」の初号機は、リフトオフの直後に大爆発をして失敗しました。翌1997年10月に打ち上げた2号機も、第1段エンジンで異常燃焼停止が発生しました。

 現在の技術で、ロケットの燃料としてもっとも比推力が大きいのは、液体酸素と液体水素の組み合わせです。また、酸素と水素の結合による燃焼ですから、ガスなども発生しません。燃焼で発生するのは、「水(水蒸気)」だけです。
 そういう優れた燃料ですから、各国とも開発に力をいれてきました。しかし技術的なハードルが高く、基幹産業の発達していない国では、なかなか実現がむずかしいのが現状で、比較的小型の第2段用、あるいは第3段用は開発できても、大型の第1段用に成功している国は、ほんのわずかです。具体的は、スペースシャトルんメインエンジン、上述のアリアン Vの第1段、日本のLE-7A ぐらいです。中国も大型の液酸液水エンジンの開発に力をいれており、今年(2015年)には新型の「長征6号」ロケットの第1段に搭載する計画のようです。

 日本では、1994年2月に打ち上げたH2の初号機で、はじめて第1段ロケットに液酸液水のエンジン「LE-7」が使われました。もっとも、小型の液酸液水エンジン「LE-5」は、「H1」ロケットの時代から第2段用として使われてきたので、かなり先行していたといえるでしょう。

 日本が、液酸液水エンジンというむずかしい技術の獲得に力を入れてきた理由は、次の2つです。

1)種子島の射場からの打ち上げ
2)自主技術の獲得

 国内であれ国外であれ、射場からロケットを打ち上げる場合、安全性が重要になることはいうまでもありません。NSADA::宇宙開発事業団(現JAXA:宇宙航空研究開発機構)の射場は、みなさんご存知のとおり、鹿児島県の種子島です。鉄砲伝来の地で知られる、人口33、000人のこの島で、ヒドラジン系の燃料を使うロケットを打ち上げることなど、まず考えられません。プロトンはバイコヌールの荒野にある射場から打ち上げられますが、種子島だけではなく日本にはそのような土地はありません。
 したがって、有毒ガス発生などの心配のないエンジンでなければならなかったのです。

 もう一つの理由は、アメリカ依存からの脱却です。日本のロケット開発は、いうまでもないことですが、糸川英夫によるペンシル・ロケットにはじまります。しかし商用衛星打ち上げロケットについては、アメリカからの技術導入ではじまりました。したがって、いつまでもアメリカの技術に依存していては、日本の宇宙産業を育てることはできません。宇宙関連の技術は、民生用と軍事用が共存するデュアル・ユースですから、何かとアメリカからの制約を受けてしまいます。そういう制約から抜け出すためには、独力で学んで獲得した技術で、エンジンの自主開発をしなければならなかったのです。

 とはいえ、液酸液水のエンジンといえば、まだスペースシャトルのメインエンジンしかないころに、日本も着手したのです。そうとうにたいへんだったことは事実ですが、新規のロケット・エンジン開発の機会など、日本ではそうそうあるわけではありません。ならばやがては主流になるであろう液酸液水の第1段用エンジンの開発を、思い切って目標に設定しようということでスタートしたのです。

 こうして「LE-7」エンジンは生まれました。そしてH2ロケットは、1994年2月の初号機(試験機1号機)から5回、打ち上げに連続成功しました。ところが1998年2月、6回目の打ち上げで、搭載していた「 EISEI 」の軌道投入に失敗します。原因は、第2段ロケットの「LE-5」エンジンの燃焼のトラブルで、衛星 は目的の軌道に乗らなかったのです。

 さらに翌1999年11月、7回目の打ち上げに失敗です。これは、第1段ロケットお「LE-7」エンジンが、上昇中に内部で破損が生じたのです。そのためやむなく「指令破壊」により、空中で自爆させたのでした。

政治家とメディア

 問題は、このときの政治家とメディアの反応です。「ESAでは、打ち上げ成功が130数回にもなるというのに、なぜ日本はうまくいかないのか」という非難の嵐です。アリアン・シリーズ(アリアン Vをのぞく)の打ち上げ成功が、UDMHと酸化剤の四酸化二窒素(N2O4)のエンジンによるものであることなど、誰も考えません。
 宇宙関係者がきちんと説明するべきではないか、と思われるかもしれませんが、こういうときに関係者は声を上げないものなのです。税金で開発して、税金で打ち上げ、それで失敗したという負い目があるのです。だから自己原因の説明はしても、その背景になる問題などについては、反論はもちろんですが、説明もしないのです。かりに説明したとしても、ほとんど聞いてはもらえないでしょう。

 こういう状況は、日本の宇宙開発にとって、たいへん不幸だと思います。やはり宇宙開発関係者はもっと説明し、そしてメディアも政治家も、理解しておくべきではないかと思います。

 H2AとアリアンVは、現在ではいずれも打ち上げ成功率が98%ほどになっています。こういいうことについては、政治家はほとんど触れないようです

追記

 上記の文章を書いてから、7、8年たちました。その間、インターネットが急速に普及し、多くの人々がネット上に意見を公開するようになりました。そのなかには、宇宙開発関係者や技術に詳しい人たちもふくまれています。

 ほんの数年前まで、ロケットの打ち上げや探査機の軌道投入などがあっても、一般メディアは”さわり”ぐらいしか報じなかったり、ときには的外れな批判をすることが、少なくありませんでした。しかし今は、FaceBookやTwitterなどをつうじで、多くの宇宙関係者が専門的な意見を発信してくれるようになりました。

 宇宙開発をとりまく空気は、かつてにくらべるとたいへん明るくなったと思います。こうした社会の空気が、研究者や技術者を勇気づけ、日本の宇宙開発がいっそう前進してゆくことを期待しています。

(このページに使われているCGは、後藤克典さんにお世話になりました。文章、CGとも、無断転載はご遠慮ください 中野不二男)